記憶

 「ウェスト・ワールド」という有料TV系のドラマシリーズでは、記憶が一つのキーワードとなっている。ドラマはアンドロイドが主人公となる近未来ものだが、そのアンドロイドのアイデンティティーに重要な役割を果たすファクターが記憶であり、その記憶は決して楽しいものではなく悲しみや苦しみ、怒りに満ちたつらい経験の記憶がアンドロイドの存在を意味づけている。

 考えてみると、現実の世界でも記憶というものは楽しいものより辛いものの方が多いように思えるし、浮かび上がってくる頻度も高い。夜中に目が覚めて眠れないときなどに、全く忘れていた記憶が蘇ることがある。どこにそんな記憶が残っていたのかと思えるような事柄が突然鮮明に浮かび上がってきたりする。そしてそれらは大体の場合思い出したくない内容のものが多い。後悔と自責、穴があったら入ったきりで出てきたくないような気分を味わう。やっとついた瘡蓋をはがすような行為を追体験させられる。普段は忘れていることさえ忘れているのに突然浮かび上がってくる記憶はそういったものが多い。アイデンティティーとか自己なんてものは“痛み”が核となって創られているのだろう。だから時に出てきて立ち位置を確認させる。そうでもしなければヒトは何処に行くのか分からなくなるし、まあ分かったところでどうせ迷うのだが、とにかく現在地だけは自覚できる。楽しい記憶や嬉しい記憶も無くはないが、自分に都合の良いようにしか思い出せないし覚えていない。そんなものを浮かび上がらせたところで自己を埋没させるだけなのだろう。結論的に痛みを伴う記憶が残る。

 ヒトの記憶の仕組みはかなり解明されているらしい。だが脳細胞の中に電気信号として残される記憶が、何十年も経過したある日突然、何の脈絡もなく浮かびあがってくるメカニズムが素人には分からない。おそらくきっかけとなるべき事象によってパルスが発生して二次記憶装置か三次記憶装置に届くのだろう。そのパルスに同期する電気信号が記憶となって脳のディスプレイに投影されるらしいことは想像がつく。しかしねえ、膨大な量の記憶の中から瞬時に該当する信号を見つけ出すのはどのような仕組みなのか。それともあてずっぽうに探しだして適当に投影するのか、まあ考えたところで記憶を自由に操れるわけでもないだろうから無駄な推考というものだ。