詩について考える

 いやあ実にお久しぶりの更新で、それでもたまにこのブログを開く奇特な方がいらっしゃるようで、まことに痛み入ります。

本日から3日ばかりは詩について考えてみたところを、といっても与太ですが、開陳してみたいと思っています。

 

 “歌詞”というジャンルに対して興味を持っていなかった。けれどボブ・ディランノーベル文学賞を受賞して、なるほど“歌詞”も“詩”だったと改めて詩に興味を持ち始めた。「エセ―」のモンテニューは「詩はまるでダメ・・・」と言っていたようだが、モンテニューを引っ張り出すまでもなく、私も詩についてはまるで才能が無いようだ。冗談で短歌や俳句は創ることはあっても詩は書けない。かつて少しだけ詩に興味を持った時期があり、詩集の全集を買ってみようと考えたことも無くはなったが、熱はすぐ醒めた。歌謡曲フォークソングの歌詞を“詩”として考えたことがなかったことも、詩に対する私の認識の低さを表している。

 

 日本に“詩”という形式が入ってきたのはおそらく明治以降ではないかと思われる。それまでこの国では、短歌や俳句といったものが詩に変わるものとしてすでに確立して、自由に、散文的に言葉を並べていろんな事象を表現するという形式を持っていなかった、と言えるのではないだろうか。一定の決まりの中で、様々な事象や気持ちを表現する短歌、俳句という形式は、西洋の詩と比較すればはるかに抽象的な表現方法が目立つ。単語の少なさ、文章の短さから必要に迫られた“抽象化”でもあるのだろうが、余分なものを出来るだけそぎ落とすことに美意識を見出すこの国の伝統と無関係ではないだろう。また、形式や“しばり”と言った制約を逆手に取る面白さを好む国民性もあるかも知れない。もちろん、枕草子方丈記あるいは徒然草といった古典の冒頭は、近代の詩に相当する名文であり、枕草子などは全編が詩といっても良いくらいのものと私は思っている。西洋では何と言ってもシェイクスピアだろう。「消えろ 消えろ つかの間の灯 人生は歩き回る影法師 哀れな役者だ・・・」(マクベス) などの名セリフはそのまま近代の代表的な詩編と言える。しかしねえ、そういったところに話を拡げるともう私の手に負えるものではなく、もっと身近かな、卑近なところで考えてみたい。やはり最初に言ったように、歌詞としての詩、のレベルで纏めてみたい。      つづく