歌う

 一時ほどではないにしてもカラオケは依然として人気があるようです。ヒトは古代から歌ってきた種ですから、歌とは切っても切れない縁なのでしょう。
 「歌声」運動というのが以前にありました。運動といっても体操をする訳ではないのですが、合唱することで連帯感を深める、と言ったところでしょうか、いまでも有るのかも知れませんが、一時期各地で一つのうねりのようなものであった記憶があります。新宿や吉祥寺には「歌声喫茶」が出来て、勤め帰りや休日などは満員の盛況であった時もありました。「カチューシャ」「灯」といった店名からも分かるようにロシア民謡などを中心に、労働歌、中国、朝鮮の歌なども歌われました。歌謡曲や艶歌などは歌われなかったようです。シャンソンやカンツオーネは歌われました。偏向的と言えば偏向的でした。メーデーの日などは集会参加者の来店で行列が出来るほどでした。店内は小さなステージがあり、ピアノやアコーディオン、ドラムなどがあり、歌唱指導をする歌い手が数人、お客は歌集を見ながら一緒に歌うという光景でした。上条 恒彦さんなども「灯」で歌っていました。声量のある歌声が店内に響き渡り、なかなかの迫力であったのです。彼は黒人霊歌などが得意で、しっとりした歌い口でも聴かせてくれました。今は昔の話です。
 友人がこの「歌声喫茶 灯」で歌っていたこともあり、ちょくちょく行っていた時期がありました。その時にロシア民謡などを数多く覚えました。それから大分経った頃、新宿のライブハウスでのジャズボーカルのステージで、上に呼ばれて図々しく上がってから、“何か歌う”と聞かれ、思わず“ロシア民謡”と言ってしまい顰蹙をかったことがあります。いまから思えば“マイ・ファニー・バレンタイン”とでも言っておけばよかったと後悔しています。けれど、マイ・ファニー・バレンタインの歌詞は忘れても、あの頃覚えたロシア民謡の歌詞はまだいくつか覚えています。もうそれらの歌を歌う機会もないでしょうが、時折あの当時の雰囲気が懐かしく想い出されることがあります。
   
   昔のことをくどくど言うようになったらおしまいね。