里帰り

八ヶ岳の西麓にある家の庭に生えていたモミジの幼木を、まわりにあった苔ともども小さな鉢に植え変えて、こちらへ持ってきてから早2か月ほどになる。まだ20センチに満たない幼木だが、今のところ枯れもせずに健気に緑の葉を茂らせている。毎朝水をやり朝晩日に当てている。夏の間2週間ばかり八ヶ岳の家に戻るので、このモミジも一緒に里帰りすることとなった。水やりなどの世話をする必要からだが、木や草の植物にも意識があり、動物とは違った回路で気持ちのやり取りをしている、と考えている学者も居るくらいだから、今度の里帰りはひょっとして八ヶ岳の母親モミジも喜んだかもしれない。
植物はこの地球上では最初に地上に現れた生物であるし、中でも樹木の仲間はその数、大きさ、種類ともにヒトなどは足元にも及ばないほどの繁栄を果たした。熱帯の高温多湿地域のみならず、極寒の地まで樹木は繁茂し栄えている。太陽の光と水さえあれば100mを超す高さまでにも成長する種もあれば、数千年にわたり生き続けるものもある。「蒸散」という樹木の作用は、地下からくみ上げた水を葉から放出することで大気を穏やかに、周りの温度を下げることで、周辺の動物、とりわけヒトにとっては天然のエアー・コンディションともなっている。
秋になると実をつける樹木は、多くの生き物に食料を提供することで自らの繁栄を築いてきた。枯れ枝や葉は鳥たちの営巣の材料となり、リスや猿は木の上を主な住み家とし、食料をそこで得ていた。もちろんヒトも木に依存して生き長らえてきたのであり、樹木無くして今の繁栄はなかった。
ヨーロッパから新大陸アメリカに移住した白人たちは、その土地の木材の豊富なことに驚くと同時に歓喜したという。旧大陸では多くの森がすでに伐採しつくされていたからだ。100メートルを超すレッド・シダーが生い茂る風景はさぞ壮観であったろう。言うまでも無く、それらの森の大部分は瞬く間に切り倒されてしまった。
鉢植えのモミジは私と一緒に東京へ帰ってきた。母親モミジは子供の行く末を心配しているだろうか。

モミジさらいね