疑うらくは是地上の雪かと

先週、信州の山の中に行っていまして、夜半過ぎにトイレに起きて窓の外を見ると、地面が真っ白になっているのです。こりゃ雪が降った、と上着を羽織って外へ出て驚きました。月に照らされて地面も草も何もかもが白く輝いていたのです。人工の光のない山の中での月光は驚くほど明るいものですが、こんなに白く輝く月の光を観たのは初めてです。初冬という季節と雪が降ってもおかしくない気温が、白い地面イコール雪という早合点をさせたのかも知れませんが、李白が「静夜思」のなかで“疑うらくは是地上の霜かと”と詠んだ気持ちが良く分かると納得しました。
満月から数日経っていると思われる月はちょうど中天辺りにあって、懐中電灯がなくとも普通に歩けるほどの、白い光が燦々と降り注ぐといった幻想的な明るさでした。ドビュッシーの「月の光」が聞こえてきそうな夜半で、氷点下を大分下回っていましたが、思わず寒さを忘れるほどの美しい光は、朝日や夕日に負けない魅力的なものと思えました。大宮人ならずとも月に心を奪われる、いや月の光に心を奪われることがあるようです。
西洋では月が狼男や吸血鬼などとセットとなってマイナスのイメージが付き纏うのですが、私たちの国では月を楽しむ習慣が古来より盛んで、月の姿そのものを愛でると同時に月の光を楽しむことにも心を砕きました。銀閣寺の庭や竜安寺の石庭などはその代表格とも言えます。いまでも和風家屋の建築の際に、縁側の前の部分の庭に白い石を曳きつめて、月の光を室内に呼び込む工夫をする手法が残っています。人工の光とは違う、神秘的で幻想的な光のなかで流れる時間を楽しむ、今ではかなり贅沢な趣向となってしまいました。
月の光に触発されたと言う訳でもないのですが、封切りされた「かぐや姫の物語」を観てきました。高畑 勲監督の傑作と言える作品でした。淡彩画の画集を観ているような綺麗な画面で、従来のアニメ作品とはステージが違う仕上がりと思えました。興業的に成功するかどうか(初日の第1回目を観たのですが、郊外のシネコンだからか空席が目立ちました)、きっと関係者は気を揉んでいることでしょう。

これくらいの月でした。