躁と鬱

 近頃ではこの二つは別々に扱うようになったらしく、なかでも鬱に関してはかなりメジャーな扱いを受けているようです。“新しいタイプの鬱病”と言われるものもあるらしく、若い人達の間で相当数の人がこのタイプに罹っていると言います。なんとなくやる気が起きない、朝起きると頭が痛くなる、職場にでるとさらにひどくなる、人ごみでパニックになるなどいろんな症状が出るようです。「なんだ、それ怠け病ジャン」と思われたりすることが多いのですが、れっきとした鬱病なのだそうです。ひどく重い症状となることも少ないようなので薬で抑えながら気長に治療すると言います。
 “そこでどうなのよ”と突っ込みを受けそうですが、とくにボケも無く、昔から若い人は「血気内に余り…情欲多し・・・美麗を好みて宝を費やし・・これを捨てて苔の袂にやつれ・・」などと申して、元気になったり塞いだりするものなどと思ったりしているのです。だから“新しい鬱”も特別この頃のはやり病ではなく、700年、いやもっと前から若さゆえの流行り病であったのでしょう。違うとすれば、当時はいつまでもそんなことで留まっていられるほどいろんな面で余裕がなく、現在では留まっていられるだけの条件に恵まれている、とでも言えるかもしれません。しかし、そういった恵まれた条件が“新しい鬱”を生み出しているとも言える訳で、なかなか一筋縄ではいかない面倒な時代となったものだとつくづく思います。
 若いうちは「苔に身をやつし」ても様になりますが、歳をとると貧乏たらしくなっていけません。加齢とともにヒトは躁となったほうがよろしいかと、これもつくづく思うのです。

分かりました 貴女が鬱でないのは。でもそこに登るのは止めて・・・。