群れる

 何かイベントがあったりするとたちまち人が集まります。ヒトが群れているとそれをめがけてさらにヒトが群れます。ラーメン屋に列が出来ると、時として長蛇の列となります。長蛇の列が原因で閉店した店も出ました。河原でバーベキュウが流行ると大挙押し寄せて大量のごみを放置します。皇居でランニングするヒトが異様に増えて歩行者から苦情が出ているそうです。ヒトが多く集まると往々にして負の傾向が起こります。
 1960年代あたりから始まった“おおきいことはいいことだ”的発想はその後バブル期を経てやや静まり、分散型の社会こそがこれからの進むべき方向、みたいな雰囲気が定着するかに見えたのもつかの間、何やら元の黙阿弥的様相になってしまったようです。景気の回復は結局のところ輸出中心の成長戦略が叫ばれ、ハブ構想にもとずく集中化が港、空港を再編しようとしています。やはり効率化を前提としてパイの拡大を目指した、決して新しくない経済運営がされるのでしょう。パイをこれ以上大きくしても食べきれないと思うのですが、どうも飽食になれた胃袋は際限がないようです。
 巨大化したり集中化するのは確かに効率的ですし無駄が省けるようにも思えます。しかしヒトが群れると同じで、無個性、無責任、無軌道に陥りやすい側面があるようにも思うのです。ヒトの特性からしてある限度を超えると急激に能率が下がったり、注意力が散漫になることがあります。社会も経済もヒトが係わることですから、適正な集積、規模というものがあって、それを超えない範囲内で活動することが案外大事なのかもしれません。江戸時代は300年の間に経済、人口などに大きな変化がなかったと言います。ヨーロッパも産業革命前の「暗黒の中世」と言われる期間は変化の少ない時代であったようです。しかし、日本でもヨーロッパでもその時代の文化、芸術の恩恵を今でも受けています。群れずに小振りでも案外よい面があるかも知れません。

私は孤高・・。(分かった、でもそこには乗らないでくれる お願い・・。)