願わくは・・・

石ばしる 垂水の上のさ蕨の 萌え出づる春になりにけるかも
言わずと知れた万葉集の春の名歌です。志貴皇子が詠んだ歌とされ、春になると必ずどこかでお目にかかる歌でもあるのです。後半部の「萌え出づる春になりにけるかも」のなかの“けるかも”の“け”は、気づきの“け”とも言われるそうで、「ああ、春になったんだ・・」という驚きを表わすそうです(これは丸谷才一の受け売りですが)。まあ、そんなことは知らなくても情景が目に浮かぶ見事な歌ですから蛇足でした。
万葉集の中には、それこそ山のように歌があって、研究者でもない限りとても全部を読むなどとは出来そうにありません。それに短歌ばかりではなく長歌も入っていますから、5・7・5・7・7だけでは済まないのです。このブログの旧題でもある「貧窮問答」の歌などもかなり長い歌の部類で、学校の試験のために全部覚えさせられましたが、結局今ではほとんど忘れてしまいました。それでも暇なときに(いつでも暇ですが・・・)開く本として万葉集は“すこぶる付き”のぴったり本で、言葉の力、リズム、単語の艶やかさを感じさせてくれます。
長・短とり混ぜて4516首の歌集というのも、世界の中でもかなり珍しい本の部類ではないかと思うのですが、その膨大な数のゆえになかなか一般受けしないのも事実で、大伴家持さんもベストセラーを狙うのであれば、もうすこし数を絞った方が良かったのではと思ったりもします。的外れのお思いであることも承知していますが、“惜しい”と、願わくはせめて千首ぐらいで打ち止めて欲しかったと・・・、まあこれも蛇足でした。


猫足