城ヶ島の雨

雨はふるふる 城ヶ島の磯に 
利休鼠の 雨がふる

雨は真珠か 夜明けの霧か
それとも私の 忍び泣き

船はゆくゆく 通り矢のはなを
濡れて帆あげた ぬしの舟

ええ 舟は櫓でやる 櫓は歌でやる
歌は船頭さんの 心意気

雨はふるふる 日はうす曇る
舟はゆくゆく 帆がかすむ

 北原 白秋の詩に梁田 貞が曲を書いた有名な歌曲。けれども、城ヶ島という場所が、三浦半島にある城ヶ島が、なぜこの詩の舞台となるのか、今となっては情緒のへったくれもないから想像もつかない。通り矢堤防というところから城ヶ島を望むと、右手にコンクリート城ヶ島大橋があって、雨がふっても利休鼠などという言葉は浮かばない。それに今では利休鼠などと言う色を知っている人が居るやら、居ないやら、時間の経過という抗いようのない現実に私たちは無力だ。だから結果を受け取るしか選択肢はないのだけれど、白秋が書いたこういった情景を、私たちは二度と手にすることが出来ない無念を思う。山が削られマンションが建ち、田んぼに家が立ち並び、砂浜が護岸ブロックとコンクリートで固められてしまったこの国の、経済優先と拝金主義の成れの果てを、この歌は今更ながらに感じさせる。
 蛇足ながら言えば、この歌は歌いこなすのが大変難しい。