弦の張り替え

自殺した加藤 和彦が、死ぬ前日まで愛用のギターの弦の交換をしていたという話を何かで読んだ記憶がある。ああいったプロは持っているギターの数も多いから、弦の張り替えだけでもかなり時間をつぶせるし、張り替えたばかりの弦がだす新鮮な音には独特の艶があるから楽しくもある。それに、明日自分が居なくなっても弦だけは新しくしておきたいという、プロとしての拘りもあったろうし、ステージごとに弦を張り替えるくらいだから、自分に気合を入れることだって出来たかもしれない。黙々として弦の張り替えをしていた加藤 和彦の気持ちを私が知る由もないが、その気持ちが分からなくはない。
ギターに限らず自分の愛着のあるものを手入れすることは、ある意味では娯楽に匹敵する楽しみであり、人によっては癒しであったり気持ちを落ち着かせる鎮静効果さえある。バイクや車など乗り物の修理やレストアが趣味という人も多い。これなどは「過程」を楽しむ趣味の典型であろう。こういった手入れとか修理などその過程そのものを楽しむことは、別の言い方をすると「時間」を楽しんでいるとも言える。これはかなり知的で贅沢な楽しみ方であり、想像力と根気、そして何よりも「ゆとり」という財産がないと出来ない道楽でもある。
加藤 和彦はそれらのすべてを持っていたはずであり、そのうえで彼岸に旅立つことを選択したのは何故なのか。錆びて音がくすんできたギターの弦を張り替えながら思った。
 
 下手なギターを聞かされる私はいい迷惑よ