心理的な拒絶

 考えられる問題の解決を非合理的に怠る行為を個人心理学では「心理的な拒絶」と言うのだそうです。具体的には、ダム崩壊によって起こりうる危険への危機意識は、数キロ先の住民よりダム直下の住民の方が低いあるいはほとんど無い、などのことが挙げられるようです。その原因としては、危機そのものを否定する(ダム崩壊は起こりえない)ことで日常の平安を求めるという心理作用、つまり心理的な拒絶があると言われます。
 私のように東京の西部に住む者は、東部の特に隅田川の東には住むものではないという意識が根強くあり、“川向こう”などと言ってある種の蔑称でさえ呼んでいました。関東大震災後には千代田、中央、文京といった地域から、多くの人々や寺社までもが新宿以西の地に移転したと言われています。もともと江戸城周辺は地盤が悪く、おまけに住宅密集地域でもあったので、震災を契機に地盤のしっかりした山の手以西に安全を求めたのです。しかし、しばらくするとその移転した後に他県からの移住や事業所の移転があり、結局元の木阿弥となって現在に至っています、あの“3.11”後も墨東地域や都心三区の木造建築密集地域の危険性が改めて言われて、災害に強い街づくりの緊急性が叫ばれましたが再開発は進まず、おまけに液状化が心配される地域に高層アパートが林立して、都内有数の人口増加地域となっています。
 原発を建設するにあたり様々な事前調査が行われたことはよく知られていますが、その調査の一つに、建設予定地域住民の経済的レベル、学歴など教育レベルなどがあり、重要調査事項だったと言います。理由は経済レベル、教育レベルの低さが、反対運動などの起きにくい環境であることによるからです。そして建設後はそれらの理由がそのまま原発に対する危機感を眠り込ませることになったのです。加えて様々な助成金交付金が関係自治体にばらまかれ、実利面でも住民の危機意識は遠ざけられました。原発建設主体であった電力会社や政府の採ってきた“安全神話”政策もそれらを補完しました。あのような壊滅的事故の後でさえ原発再稼働の動きに地元が肯定的なのは偶然ではないのです。
 でまあ、何が言いたいかというと、灯台下暗しと言うか、のど元過ぎれば熱さ忘れると言うか、臭いものには蓋をすると言うか、どれもぴったりする言い回しではありませんが、ヒトは自分に都合の良い方にしか考えられないと言うお粗末がついて回るようで・・・。


まあ そんなものよ