「労働」ということ

人工知能が世界最強と言われる囲碁棋士に4勝一敗であっさり勝ったのはつい最近のことです。すでにチェスや将棋では人工知能が勝利を収めていますから、これでヒトがこのゲームの分野では完敗となった訳です。囲碁や将棋、チェスのように高度な判断力を必要とするゲームは、これまでヒトの脳の独壇場であったのですが、もう人工知能に太刀打ちできない状況が生まれつつあるのでしょう。
ヒトの脳は労働によって活性化され現在のように発展してきたと言われますが、食料を得るための様々な行動が分化し進化した労働を全く経験しない人工知能は、ヒトが今までに得てきた経験とノウハウをデータ化して再構築することで、ヒトの脳を凌駕する水準に達したのです、少なくとも部分的には。近い将来、いままではSFの世界でしかなかった人工知能によるヒトの支配という現実が起こりうるかもしれない、4勝1敗の衝撃はそんな危惧?さえ予感させる出来事でした。
これまでヒトの労働は機械によって数多くの肩代わりがされてきました。過酷な労働が機械に取って代わられることで、ヒトは豊かな生活と余暇を享受できると考えてきましたが、現実は貧困と格差社会の出現となって行くようです。また人工知能の進化によりこれまではヒトの独壇場と思われてきた分野にも機械が進出する可能性が大きくなって、ヒトの労働する、あるいは活躍する分野がますます限られてくることになりそうです。資本主義が利潤追求という目的を下ろさない限り、ヒトの働く場所は限定的で少数の特権的部分に集約されかねません。  
高度な判断さえも人工知能に委ねられ、また機械による生産ラインの一層の拡充は、大量の失業者と失業による購買力の低下をもたらし、そして大量に生産された製品の行方は開発途上国に求めることとなるでしょう。望む、望まないに拘わらずに今まで生活が変質させられていく開発途上国の住民は、肥大する物欲と満たされない欲求を抱えた私たち先進国民と同じ悩みを抱えるようになってゆくのです。それらの欲求の一部を満たすために自らの安い労働力を巨大資本に提供し、巨大資本はますます巨大となり貧富の差は世界中で拡大されて、一握りに富裕層と圧倒的多数の貧困層が住む世界となって固定化される日が来るでしょう。しかしそこから先はどうなるのか予想もつきません。
SFの世界では多くのヒトが人工知能に支配されて奴隷のような待遇に置かれ、そのうちに反乱がおきて・・・となるのですが、労働そのものに関わることが少なくなったヒトに生きる分野というのが果たしてあるのか、SFではそのあたりの言及はありません。また、そもそも“働けない”ヒトがどのように生活の糧を調達するのか、かつて共産主義の思想の中では「必要に応じて働き、必要に応じて受け取る」という社会がいずれ実現するとしていたようですが、どうもそんな社会が出来るとは到底思えないのです。将来的には労働の質も形態も変化していくことに間違いはないにしても、働くことと人智が無関係となってゆく社会にはなって欲しくないのです。


働く?誰が・・・