読後感想

久しぶりに面白い、というか一気に読める本を読みました。SF映画「トータル・リコール」、「ブレードランナー」、「マイノリティー・リポート」などの原作者が書いたもので、それもだいぶ前に書かれた、1952年から1953年に作者が25歳の時に書かれた本なのです。この小説は長い間出版されず2007年になってやっと日の目を見ます。それも作者の没後でした。邦訳出版されたのは2013年でした。本の題名は「市(まち)に虎声(こせい)あらん」(原題 VOICES FROM THE STREET)、作者はフィリップ・K・ディックです。
なぜ出版が遅れたのかは巻末の解説にも若干触れられていますが不明です。SF作家として売れっ子となったディックのイメージを損なうのを恐れた出版元の思惑などがあったのではなどと邪推しますが、テーマが売れ筋ではない地味で、主人公の内部の葛藤に重点を置いたストーリー展開などがその原因ではなかったかと思ったりします。しかし、1950年代のアメリカのマッカーシズムレイシズムの吹き荒れる、ある意味荒んだアメリカ社会における知識層の閉塞状況を、リアルタイムで描いたものとして大変興味深く読みました。
冒頭に挙げた映画の3作はともに観ていますが、3作に共通する主人公のやや屈折した性格と重苦しいSF設定は、この「市に虎声あらん」に原型を見るような気もします。作者が存命中は出版しなかったというのは、あるいは作者本人の希望であったかも知れません。巻末解説によればこの本の主人公と作者は、事実上の長編処女作ということもあり、当たり前のことでしょうがかなりダブルところあるようで、ひょっとするとそんなことも・・・などと思わせる節も感じられました。
J.D.サリンジャーと言いこの作家と言い、この時代のアメリカの小説家はなかなかやるなあと思ったのでした。

そんなものかい