“神”のこと その4

さて、これからが問題で、これまでの“神”はいわゆる自然神な訳ですから、キリストやらムハンマドブッダが出てくる前の神様です。そのもっと前はきっと“神”という存在自体が無かったかもしれず、今のヒトの祖先と言われるホモ・サピエンスが現れてからの約20万年のほとんどの期間を、ヒトは神様なしでやってきたと思われ、今ある神様全般はつい最近出てきた新参者であり、「イエスの方舟」や「オーム真理教」の教祖と五十歩百歩の目くそ鼻くそほどの違いしかないかも、なんて言ったら“ジハード”を叫ぶ人たちから狙われるかしらん、などと思ったりしてしまうほどの微妙な問題なのです。
しかし考えてみれば、ヒトが文字を持ったり余計なことを考え出したのはつい最近なんですよね。ですからヒトの歴史のそのほとんどは記録がないし、何言っても何をでっち上げても検証しようがない世界な訳です。そこで一神教を考えた人もしくは人たちは、みんな自分たちが唯一正しく他はダメという心の狭いことを言い出したのです。自然神が中心の世界では、神はあちこちにいらっしゃるから、ある意味ユルイ規律の下に生活すればよいわけです。集団の運営を任された“よっしゃ”さんだって、あっちにいい顔、こっちにいい顔をしながら「そんな固いこと言わず まあ飲めや」などと言って話をまとめていた筈です。すると面白くないのは神担当のへそ曲がりさんで、「あんの野郎め、後から出てきやがって 調子のいいことばかりこきゃあがる」とむかっ腹の立つ日を悶々と過ごすのでした。                              つづく

 
 神は眠いの