この国の文化政策

 国立や公立の美術館、博物館は毎週月曜日がだいたい休みで、入館料も一回の食事代ほどかかります。特別展ともなると食事プラスコーヒー代が入用で、先進国の文化施設とは思えないほどの高い料金を払わなければなりません。詳しくは知りませんが、ヨーロッパやイギリスでは博物館や美術館は無料で入館できるところが多く、もっと気軽に楽しめるといいます。国民の意識の違い、要望の違いが、国の政策に如実に現れていると言えるかもしれません。音楽や芝居についても同様なことが言えて、日常的に生の演奏会や芝居を楽しむことは、金銭的にも体力的にも大変な努力を伴います。今挙げたような文化施設は、首都と言われる東京にさえ中心部にしか無くて、居住地区には映画館さえありません。つまり、生活の中に文化的要素を取り入れ、休日や時間のとれた時に気軽に絵画や音楽を楽しむことは、東京などの限られた範囲に住む人のみが享受出来る稀有なことなのです。
 コンサートや芝居などに行くと若い女性がやたらと目立ちます。場合によっては女性しか居ないのではと思えるほど偏った観客構成になっていることもあります。比較的落ち着いていると思われるクラッシクの音楽会でもこの傾向があり、こういった観客層の偏在が国の文化政策にも影響を与えることになっていると思われます。若年層のそれも女性に受ける様々な文化行事が各方面で創られ、観客の年齢と性別が偏在することで国の助成は形だけのものとなり、ますます国民全体から遊離した文化政策しか実施されないという、定番の悪循環につながっているのではないでしょうか。
 経済的に豊かな国であっても、国民が文化を享受できない国は文明国とは言えません。また、国民にそういった文化的欲求を起こさせる国が文明国と言えるのです。ヒトが他の動物と比べて優れていると思われる数少ない一つに、文化的行為というのがあります。様々な思いを抽象化して表現する一連の行為は、戦争や破壊といった暴力的行為とは反対の極にあり、ひとが”ホモ・サピエンス・サピエンス”たる所以とも言えます。サピエンス(知性)の証明たる文化政策をないがしろにする国に未来はありません。

文化の話をしてるんだから もう少しちゃんとした・・・。