「一週間」を読んで

 亡くなった井上 ひさしさんが最後に書いていた小説「一週間」を読みました。例によっていつもの友人が回してくれた本ですが、大変面白かったのです。“ふかいことを おもしろく”がモットーだった作家の面目躍如と言ったところでしょうか。内容はシベリア抑留という、未だにきちんとした実態把握すら行われていない問題が取り上げられています。この本の中で書かれていることはフィクションでしょうが、膨大な資料と調査が作品の基礎となっていることは巻末の資料集の一覧を見ても分かります。また、当時の陸軍参謀などが実名で登場するのでそれなりの裏付けもとった内容であることも読み取れます。ここ数年このシベリア抑留者の証言やら体験記が相次いで発表されていますが、“苦しかった、大変だった・・”といった声は聞かれても、なぜ長期間にわたって重労働を強いられなければならなかったのか、そもそもなぜ戦争が終わったのに捕虜として収容されなければならなかった、と言った基本的疑問に答えるものは少なかったように思います。「一週間」はまさにそれらの疑問を解く本であると言えます。
 私はこの国の旧軍隊がどういった組織であったのかを実際には知りません。しかし様々な記録や書物で見る限り、国民を守ることを本当に考えていたのか、甚だ疑問を持たざるを得ない感想を抱いていました。大岡 昇平の「野火」や一連の戦記物でもそのことは思いましたし、五味川 純平の「人間の条件」などを読んでも同じような感想を持ったのでした。“そんな偏向的なものばかり読むからだ”などと言われそうですが、多くの戦争や軍隊が時の支配者の思惑で起されたり動かされたりしたのは歴史的事実とも言えます。それらを踏まえて考えるなら、前出の作家たちの軍隊に対する見方は間違ってはいないと思えるのです。作品を書くにあたってはまず資料集めから入る井上 ひさしさんの手法は、実態をかなり正確に反映している小説となることが多いと言われます。まして今回の「一週間」は実際に起きた抑留という出来事を書いているのですし、実名まで出して当時の陸軍高級将校の無能、無知、傲慢ぶりを描いているのですから、確信を持って事実をつまびらかにしていると思われます。
 シベリア抑留に対する私の疑問への回答は、当時の関東軍参謀部、高級将校、政府指導者、及びソ連指導部との合作と、軍隊内部の後進性に依ることが原因であるとの結論で間違いなさそうです。

シベリアでなくても 急に寒くなって・・・。