ベター

 私は言うまでも無くいい加減な性格ですから、何事においても“適当”を旨としています。言うなれば「ベスト」ではなく「ベター」で十分に満足してしまうのです。“力の限り・・・”などいう世界とは一線を画すことにしています。
 これを踏まえて思うのですが、近頃のスポーツの世界では、と言ってもこの国の選手の方がたですが、オリンピックやら世界陸上やらワールド何やらに出場なさる選手の言い草に、“目標は予選突破です”とか“自分の力を精いっぱいだして・・”などという方が多く見受けられます。正直と言えば正直ですが、“優勝しか考えていません”とか“メダルをなんとしても・・・”なんて宣言する選手はほとんどいません。いまだ騒ぎの渦中にいる女子サッカーも、“一戦一戦しっかりと・・・”などと言っていたような記憶があります。結果的には優勝したので結構なことでしたが、いま一つ目的にユルさがあると言うか、志が低いと言うか自分に甘いと言うか、最初にも申しましたように自分のことは棚に上げてそう思うのです。自腹でやっているならまだしも、幾ばくなりとも他所様のお金の世話になっているのだし、それが税金の一部であればそんなユルいことで納得してもらっては、こちらが納得できないのです。ひどいのは“愉しんできます”などとのたまう馬鹿もいて、そういった連中をかき集めてオリンピックの誘致をやろうとしているボケ老人もいる訳で、全く困ったものであると思っているのです。ベターでよいのなら偉そうにせず塩らしくしているものです。たかだか走ったり飛んだりする程度のもの達が身の程を知りなさい、と思うのです。
 「一位でなければ二位もビリも同じ・・」と言った往年のマラソン選手の中山 竹道の痛快なコメントが懐かしく思い出されます。体協という精神論優先のアナクロ組織が牛耳るこの国のスポーツ界には、ボルト(は無理にしても)のような選手は生まれないのでしょう。個性を無視して枠にはめられても平気な人だけが生きられる世界のようです。

私は常にトップを目指します。