旅について

 「百聞は一見に如かず」とか申しますが、何でもかんでも出かけていって見れば良いってものでもないような気もします。ましてTVの取材旅行などは本来の旅とは別物のジャンルであって、あれなどは仕事ですから自由気ままを本分とする旅とは対極にあるものと考えられます。そしてそのような旅番組に出ている御仁が「旅は百冊の読書に勝る」などとのたまわれるに及んでは、旅の価値を貶める外の何物でもない行為を無神経になさるものと、おまけにその御当人が旅行作家などという肩書などを騙っているのは、まさに「天に向かって唾する」仕業と他所ごとながらハラハラするのです。
 私も旅に憧れを持つ一人ではありますが、きっと1週間も行けば飽きてしまうと思うのでこの歳になるまで旅らしい旅をしたことがありません。そんなものが旅の価値云々と言ってもあまり説得力がないことは十分に承知しておりますが、昨今のTVの旅番組のそのあまりの多さに呆れて思ったことでした。きっと私のような旅願望はあるけれど行ったことはないと言った連中が多く、それらをターゲットにしている番組編成であろうとも考えられます。
 大杉 栄がパリに行った時のことを書いている本があります。「日本脱出記」というもので、まだ読んでいないので何とも言えないのですが、あの当時の旅はまさに「百聞は一見に如かず」を実体験できるものであったと思われます。見るもの聞くものすべてに新しく驚きの連続であったろうと想像できます。私の曽祖父だかその前の者がドイツに留学した経験があると聞いています。明治の中ごろだか終わりごろらしいのですが、いわゆる「遊学」ではないので、維新後の新政府の役人が死に物狂いで学問を漁っていた頃ほどではないにしても、旅という感覚は無かったようです。大杉の場合も単なる遊びではなくパリでいろいろ用事があったらしく、その辺りにまつわる話が本には書かれているようです。何の目的も無くただ移動をするだけの旅などは、旅本来の姿ではないのかもしれません。

旅なんて.