美観

 美観と言うのは個人の好みでもあるので、あれこれ良い悪いと言いにくい部分が有ります。“工場萌え”と言うのが有りますが、工場のごちゃごちゃしたところの何処が良いのか分からない人もいます。ガード下建築物が良い人もいる半面、あんな戦後の残骸のようなものに何がモノ好きで興味を抱くのか訳わかんねえ、と切って捨てる人もいます。これは各人の好みの問題で、裏返せば何を言っても言ったもん勝ちとも考えられるのです。
 そこで私の好みから言うと、「東京スカイツリー」とか言うあの鉄塔のどこがいいのか分からないのです。世界一だか何だか知りませんが、いまどき世界一にあこがれる程この国は貧しいのでしょうか。「世界第2位ではいけないのでしょうか」と突っ込みたくなります。鉄塔そのもののプロポーションも間が抜けていますが、立地環境の悪さ、これはもう話題以前の物凄さで、よくもまあ、あんなゴミゴミしたところに建てたものと、建設主の教養さえ疑ってしまいたい程のモノなのです。パリのエッフェル塔と比較するのは論外としても、せいぜい通天閣ぐらいの馬鹿馬鹿しさで止めておけば、まだ救いが有ったと思っているのです。しかし、それにしてもマスコミやテレビなどで提灯記事やよいしょリポートなどを見せられると、全く何を考えてるんだか、いい加減にして欲しい、とここまで書いて、私は何に腹を立てているのかふと考えてしまったのです。スカイツリーに恨みも無ければひどい目に有ったことも無い。ましてや他人様が自分の財布で建てるものに何の権利が有ってケチをつけるのか。大きなお世話、ほっといてくれと言うことではないのか。“まことちゃん”の赤白ハウスだって法律的には何の違反も無いのです。私はとんだ勘違いをしていたようです。前言をすべて撤回します。もう何も言いません。

私はいつでも美観に配慮してます。