「帰ってきたヒトラー」

 “ナチネタ”という言葉があるが、ナチスヒトラーを扱った映画やドラマ、本、ドキュメンタリーは数多い。「帰ってきたヒトラー」(ティムール・ヴェルメシュ著)という題名のこの本も言わばそれらのジャンルになるだろう。この本はすでに映画化されていて、原作本とはかなり違った展開(今度原作本を読んでわかった)となってはいるが、非常に面白く良く出来ていた。しかし原作は立て付けも仕上げも良く、映像化されていない部分の造作の細やかさに読み応えがあり、やはり映画は原作を超えられないと思わされた。

 この本を読んで驚いたことがある。本のなかでヒトラー(タイムスリップしたヒトラー本人)が言うことに違和感を覚えないのだ。もちろんこの本は創作であり本物のヒトラーが語ったものではない。いかにもヒトラーが言いそうな台詞を本の作者が創作したものだ。ヒトラーあるいはナチスを肯定するかのような台詞回しが随所にあって、今でもタブーとされるような人種的偏見や国粋主義、男女差別的言動が、次から次へとこの本の主人公“ヒトラー”から繰り出される。それらが現代人にとっては風刺であり皮肉として受け取られ、ヒトラー本人との齟齬、誤解の部分がこの本の眼目となる。ヒトラーの物まね芸人として成功をおさめるヒトラーが、現代社会に投げかける様々な疑問、提案には思わずうなずいてしまう。この本の終わり近くに携帯電話についての件がある。「なぜ電話が電話だけでなく、カレンダーやカメラやその他もろもろの機能を備えていなければならないのか・・・」と、この後も携帯に対しての“見識”が披露されるのだが、思わず吹き出してしまうような提案も開陳される。是非とも歩きスマホを常套としている人たちに読ませたい。しかし、考えてみれば、今の世の中の状況はナチスが台頭する1930年代に似てきているからこそこの本がベストセラーになったとも言える。

 ナチスヒトラーが行った様々な事柄に免罪符を与える必要はない。しかしそのナチスヒトラーを支持していた多くの人たちが、なぜ彼らをあれほどまでに支えてしまったのか、相変わらず天皇制を抱えている私たちも決して他人ごとではない。