大西 巨人を読む その後

10日ほどかかり大西 巨人の「深淵」を読み終わりました。幾度となく溺れそうになりましたが、どうにかこうにか岸に這い上がったのです。
 結論から申せば、面白くもあり、そうでないとも言え、わき目を振らずに本筋をたどることに終始したことで、岸にはたどり着いたものの、どうも作者の用意したゴールではない所についてしまったような気がしてなりません。
12年間という長期の記憶喪失から覚醒したある男が、元の生活に戻る過程と、さらに記憶の失っていた12年間の狭間を回復する過程を、その間にそれぞれ地で起きた冤罪事件とに関わり、夫婦間の問題も絡んで、そして例によってチェーホフやらカフカやら、私などは名前も知らない作家の、同じく題名さえも知らない作品の引用、その注釈、また頻繁に出てくる資料のような箇条書きなどなど、なんでこれほどまでに読みづらくするのだろうと思ってしまう、そんな話の展開の本でした。おまけに、最後は主人公の再度の記憶喪失及び失踪をほのめかして終わるという手の込んだ代物なのです。
しかし、夫婦の会話や閨での描写は、明らかに笑いを狙ったしか思えないような部分もあり、おそらくよく読むと、この本はかなり高度のユーモア小説ではないかと考えられる節も、随所に配置されている仕掛けも見え隠れするのです。やはり大西 巨人は只者ではないというのが読後の感想でした。

昨年の仲秋の名月