「月と6ペンス」

言わずと知れたモームの名作ですが、何十年か振りに読み直しました。ほとんど忘れていましたね中味は。読み進んでいる内に“あ!これゴーギャンをモデルにした小説だった”と想い出したくらいです。おかげで、始めて読んだようで面白かったのです。
解説を読むと、ゴーギャンの伝記をヒントに書きあげたものらしく、あくまで作者の創造の作品ということでした。なにかゴーギャンの伝記とごっちゃになっていました。ゴーギャンその人もフランスでの安定した生活を投げうって、タヒチにわたり不遇のうちに生涯を閉じましたが、「月と6ペンス」に登場するストリックランドという画家も同様にタヒチで生涯を閉じる設定となっています。この辺りが誤解の原因だったかもしれません。モームはそういったゴーギャンをモデルにしてストリックランドという個性ある画家を創造したのでしょう。少年でも青年でもない中年のおっさんが、家族や安定した生活を否定して独り別世界に飛びこむという通俗小説の形式をとったこの作品は、やはり通俗小説の枠を超えた迫力を持っていると改めて思いました。今度読み返してみて、タヒチの島の描写やその生き生きした表現は、もうすでに失われてしまった“楽園”という夢の国が現実にあったのだと思えるものでした。今も昔もヒトは楽園に憧れ、そこで自分の思い通りの暮らしをしたいと思いますよね、その辺りの読者の希望、願望をモームは上手く突いています。
物語のストリックランドはその才能を評価されずにこの世を去りますが、現実のゴーギャンも存命中は同様な扱いを受けます。タヒチでの生活はかなり困窮したらしく、冬に暖をとるためカンバスを燃やしたと言われています。きっとそこには絵が描かれていたはずで、今からすれば数十億円の焚き火にあたっていたと思われ、何とも勿体ないとサモシイ考えが駆け巡ります。何はともあれ、死んでしまってからいくら有名になったところで、その絵の価値がいくら評価されたところで、本人は有難くも嬉しくもない、ムカつくだけであったろうと凡俗の私は思うところで、やはり私は「月」にはなれず「6ペンス」の器なのかと確認する羽目になった再読でもあったのでした。
 
 分かっています あなたは月です。