朝日のあたる家

 いえ、何も娼婦館のことではなく、文字通り朝日のあたる家のことなのです。東京の家のなかで朝日が当たる家がどのくらいあるのかと、ふと思ったのです。朝日どころか一日中太陽なんて拝めない家も珍しくない昨今ですが、この真冬の季節でも太陽が窓から差し込むとそれだけで温度が上がる気がします。日中の南側の部屋は暖房が不要で、太陽の熱の大きさには驚くばかりです。外壁に充分な断熱材を入れてペアガラス窓、断熱サッシュなどで家を造れば、太陽の熱で冬でも十分快適に暮らせます。もちろん太陽の光を十分に利用できないような、手を伸ばせば隣の壁に触れるような家はペアだろうが3重だろうが無理でしょうが、それでも外気を遮断出来ればそれだけでも熱効率は上がりますから、家はしっかり造るにこしたことはないのです。でもそれはまた別の話ですから陽当たりの話に戻ります。
 エコとか省エネなどというくせに、近頃では家を造る時に余り気を使わないのがこの「陽当たり具合」なのです。私の子供の頃は家を造る時の3大条件というのがあって、地盤、地形、陽当たりだったのです。地震に強い固い地盤であること、もと沼地や河川敷は敬遠されました。また大水や洪水にも強い土地であることも大切でした。そして陽当たりのよいこと、言ってみれば自然の利点を暮らしに生かしてきた、正にエコロジカルな発想が生きていたのです。今は地盤や地形は家を造る時の条件とはなりません。沼地の跡だろうと埋立地だろうと平気です。昔から水が出やすいと言われた低地だろうが、川っぷちだろうが住宅地となって売りに出されます。古地図を見ると江戸は埋め立てをして出来た街(現在の中央区などは大半が日比谷入江という海だった)で、台地を削り谷や海を埋めることを繰り返してきた街です。ですからもともと地盤の弱い所が多いのですが、そんなことは無視した大胆な街づくりがまかり通っています。そしてせめて陽当たりだけは良い場所をといった願いも空しく、日陰の生活に甘んじている人々は巷に溢れています。別に同情している訳でも何でもなく、エコとか省エネなどと言うのであれば、屋根にしか太陽が当たらない住宅よりも、部屋いっぱいに日射しを取り込める住宅を造るほうが良かあないかい、と言った思いなのです。それとも太陽光発電さえできればエコなんですかねえ。
  
    
    うーん、ぬくい・・・・・。