繰り言

 同じことを繰り返して言ったり、くどいもの言いをことを「繰り言」と言いますが、何度でも言いたくなることもある訳で、オリンピックのことだったり、都市計画だったりするのですが、電柱や電線も何度言っても言い足りないことの一つです。
 私は空や雲が好きなのでかなりの頻度で上を見ます。必然的に電柱や電線が目に入ります。ヒトの視覚や聴覚は必要な情報には反応しますが、そうでないものには自動的にフィルターをかけて、出来るだけ意識しないようにする機能を持っています。必要な情報とは、好きなものであったり危険なものであったりするのですが、嫌いなものもこの必要な情報の中に入ります。でまあ、年中目につく訳ですよ電線が。上をあまり見ない人は一度ご覧になると吃驚すること請け合いです。電柱に何本もの電線が、本当に吃驚するほどの電線が絡み合っています。私が子供の頃は電柱に有る電線は数本でした。それもそのはずで、電気と電話線がその全てですから、子供が絵に描いても2本か3本電線を描けばよかったのです。今ではあなた、もう電線で空が真っ黒になるぐらい描かないといけないのですよ。家には小さい子供がいませんので、そんな真っ黒い空を描いた絵をみるという不幸な目には会いませんが、まったく何が先進国かと呆れてしまいます。
 昨日原発住民投票のことを書きましたが、電柱と電線の地下埋設についても住民投票してくれないですかねえ。請求を起してもいいと思うのですが、やはり少数派なのでしょうか。そうでしょうねえ。でなければとっくに地下に埋設されているんでしょうねえ。
 繰り言ではなく泣き言になってしまいました。
     

      くー、泣ける・・・。