手紙

前略
 このところしばらくは春の日が続き、桜は満開となり足元には様々な花が咲き乱れています。花が咲けば冬の寒さを忘れ、葉が紅葉すれば夏の暑さを忘れる生活を、何の躊躇いもなく送る毎日ですが、一寸先は闇の現実を目の当たりにしてもなかなか我が身のこととは思われず、相も変わらない日々を過ごすことに埋没しているこの頃です。いかがお過ごしですか。
 ところで巷では核分裂に伴う様々な影響に興味が持たれているらしく、ヨウ素セシウムとかベクレル、シーベルトといった専門用語が飛び交わっています。聞くところによれば或るところで起きた出来事がその原因らしいと言いますが、何事につけ知識を広くひろめてゆくのは結構なことと感心しております。私も子供時分には大気圏内での核分裂実験を数多く経験しておりますので、セシウムストロンチウムなどという名前を聞くと懐かしく思い出されます。あの頃は良い時代で、実験の後は雨にストロンチウムが混じるから傘をさして濡れないようになどと言ったものでした。あのころ盛んに核分裂やその後の核融合実験を繰り返していた国々は、今では原子力の平和利用の先頭に立っていらしているようですから有難いことです。またその後わが国でも積極的に原子力を発電に利用するなど平和利用に寄与する政策を取り入れたことは周知に事実です。若い方々は大気圏内での核分裂実験などご存じないので、放射能などと言うとびっくりされるかもしれませんが、私達の年代ではそれほど珍しいことではなかったのです。それにあの頃は水を売っている店など無かったので、仮に水道水に放射性物質が混入していても代替する水は存在しなかったでしょう。
 あの頃からすでに半世紀が過ぎています。良い時代になりました。お元気で。
                                         草々

私は放射能なんて浴びたくない。