良いミサイルと悪いミサイル

 その昔、「正義の戦争と不正義の戦争」という括りがあったようですが、この“良いミサイルと悪いミサイル”も同じような意味合いなのでしょうか。北朝鮮をめぐるアメリカ、日本、韓国の状況が、かなりヤバいと思われるとマスメディアが騒いでいます。
 まず、最初に、これらの問題を見るときにおかしいと感じるのは、ミサイルも核兵器も山ほど所有し、さんざん実験やら何やらをしてきた国々が、自分のやってきたことを棚に上げて、新たにその仲間入りを果たそうとする新参者には、難癖をつける、認めないという“理不尽”さです。なにか中世のころのギルドのような閉鎖的な、手前勝手さが否めません。ミサイルも核兵器も爆発すれば人が死に建物は破壊されます。“俺も捨てるからお前も捨てろ”と言うのであれば分かりますが、”お前だけ捨てろ“と言うのはあまりに身勝手で説得力に欠けます。また、マスメディアがこぞってそれらの矛盾に反応しないことです。これも不可解と思われます。
 原子力空母や巡航ミサイルを150発も積んだ潜水艦をちらつかせて、威嚇あるいは刺激する行為が平和とどう結びつくのか、またその威嚇行動の尻馬に乗る自衛隊の振る舞いが、日本国憲法に抵触しないと開き直る政府と私たちはどう対峙すればよいのか、“朝鮮半島の危機”以前の“危機”を感じます。それと、海岸線に大砲をずらりと並べてぶっ放すという、アナクロ的な威嚇?をする国もどうかと思いますが、“北朝鮮の脅威”を声高に叫ぶアメリカ、日本の政府あるいは軍関係者は、自分たちの政策遂行上“脅威”を利用しているようにも見え、軍事力、経済力ともにまったく格違いの国だから、ある意味では雑な強引さが丸出しの行為とも思えるのです。
 素人目には、良いミサイルも悪いミサイルもみな同じで、飛んでくれば巻き添えに会います。それとも、日本や韓国までしか届かないミサイルのうちに、叩いておこうとしているのですかねえ、アメリカは、本気で・・・。

困っちゃうよねえ