漢詩行

千里鶯啼緑紅映 (千里鶯啼きて 緑紅に映ず)
水村山郭酒旗風  (水村山郭 酒旗の風)
南朝四百八十寺  (南朝四百八十寺)
多少楼台煙雨中 (多少の楼台 煙雨の中)
唐の詩人 杜牧の「江南の春」です。中学や高校で必ずといって良いほどお目にかかる有名な漢詩で、このほかには李白杜甫などの作品も馴染み深いものがあります。
で、何が言いたいかというと、杜牧が詠んだ当時の中国の環境はここ数十年の間に様変わりし、今や “千里 鶯啼かず 空茶にしてPM2.5蔓延す”といった様相を呈しています。嗚呼 何たることかという・・・。

渭城朝雨浥軽塵 (渭城の朝雨 軽塵を浥おす)
客舎青青柳色新 (客舎 青青 柳色新たなり)
これも唐代の詩人 王維の「送元二使安西(元二の安西に使いするを送る)」の冒頭の部分です。朝の雨が塵を洗い落とし、柳が青々として清々しい といった風情を歌ったものですが、当時の都 咸陽の朝の風景の一端が伺えます。現在の都の北京は雨が降ったぐらいではこうはいかないでしょう。

牀前看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷これもあまりに有名な李白の「静夜思」です。澄み切った空と浮かぶ月、白く光る地面。夜の寝床から見る風景(おそらく秋、それも晩秋)をうたった詩ですが、やはり今ではこうはイカナイでしょうねえ。
私の中国に対する雄大で一望千里といった透明感のあるイメージは、今となっては望むべくもないものなのでしょう。中国に行ったことはないけど、憧れの国の一つでもあったので残念ではあります。
 
 監視・・・