感情

 三日間ほど八ケ岳の山麓に居ました。標高1200メートルを少し超える辺りなので、まだ春浅いといった風景のつづく家の近くに、昼間からキツネが出てきました。冬の間は雪の上に足跡が残るので近くに来ていることは知っていました。キツネは足を引きずっていて、家のすぐ近くまで来たのです。餌でももらえると思ったのかしばらくこちらの様子を見ていました。きっと以前に餌をもらった経験があるキツネなのでしょう。引きずっている足とその仕草に思わず「何か食べ物を」と考えてしまいましたが、野生の動物に生半可な手出しは無用なので手を打って追い払いました。
 あの辺りも昨今は別荘や定住者の家が増えて、鹿やキツネ、タヌキといった先住動物にとっての必要な森が年々少なくなっています。またそういった環境変化のなかで、ヒトと接する機会も増えてきた動物が多くなり、残飯や餌付という新たな餌の獲得法も身につけて来たのでしょう。あの足を引きずるキツネを見て何とも気が滅入る思いをしました。自然の中に身を置くことは野生動物との出会いも大きな魅力の一つです。しかし、そうは言っても動物と積極的に接触を持つことは慎むべきだし、ましてや怪我や空腹に手を貸すことは原則すべきでないと思います。
 けれど理屈と感情は一致しないもので、お腹をすかしている動物や怪我をしている動物を見れば千々に心は乱れます。


私はキツネではありません。